老化研究
老化は徐々に進行する不可逆的な病態生理学的過程である。
加齢により、しわが増え、体が弱り、病気になりやすくなる。
近年、老化のメカニズムを解き明かすため、様々な研究が行われており、一部が明らかになりつつある。
本項では、老化研究の歴史とその研究成果について紹介する。
1. 老化研究の歴史
老化研究における重要な発見を下図に示す。
1.1. 寿命に影響を与える因子の発見
老化研究の始まりは20世紀前半である。
まず、1925年に光強度がショウジョウバエの成長速度と寿命に影響を与えることが明らかにされた。その後、1930年代にカロリー制限によってマウスやラットなどの哺乳類でも寿命が延びることが発見された。その後も様々な因子が検討され、マウスでは若い個体の糞便、血液などを移植することで寿命に影響することが発見されている。
1.2. 老化の原因に関する提唱
1956年、デナム・ハーマンによってフリーラジカル理論が提唱された。
老化に伴う変化は、細胞の代謝によって発生するフリーラジカルの有害な作用によって媒介されると主張した。その後、様々な研究により生物の寿命は遺伝子によって規定されているとする「プログラム説」や免疫細胞に加齢に伴う異常が蓄積することで老化が進むとする「免疫異常説」などの説が提唱されている。
現在では老化の特徴にそれぞれの説が提唱しているフリーラジカルや免疫異常などの老化の原因が含まれているが、老化は複雑に制御された生命活動の結果として生じるものであり、複数の原因によって進行していくものであるとされている。
1.3. 細胞の分裂限界の発見
1965年、ヒトの培養線維芽細胞を継代培養すると、それ以上分裂を行わない分裂限界があることが発見された。
上記の発見は発見者にちなんで「ヘイフリックの分裂限界」と呼ばれ、生物の寿命が遺伝子によって規定されているとするプログラム説が提唱されるようになった。
寿命に影響する遺伝子の探索により、細胞の分裂回数を規定している「テロメア(telomere)」の存在などが明らかになった。
2. 老化の特徴
老化の特徴は以下の3つの判断基準に当てはまる現象である
- 加齢によって増えていく現象である(増えなければ普遍的な現象であると考えられ、老化を起こすことはできないはず)
- その特徴が出るスピードが増せば老化が加速する
- そのスピードが緩めば老化が遅れる(老化に付随する減少と、実際に老化を促進させているものを区別するため)
上記のような判断基準に当てはまる特徴として以下のようなものは明らかになっている
- DNAの損傷
- テロメアの短縮
- タンパク質の問題
- オートファジー
- アミロイド
- 付加体
- エピジェネティクスの変化
- 老化細胞の蓄積
- ミトコンドリアの機能不全
- シグナル伝達の失敗
- マイクロバイオームの変化
- 細胞の消耗
- 免疫系の故障
2.1. DNAの損傷
- DNAは生物の遺伝情報を保存している遺伝子を構成する物質である
- ヒトの遺伝子は約30億塩基対のDNAにより構成されている
- ヒトは約37兆個の細胞により構成されているが、各細胞の核に約30億塩基対のDNAが46本の染色体に分かれて保存されており、細胞分裂の際には完全なコピーを作って娘細胞に分配する
- 化学物質や放射線、紫外線、細胞分裂時のDNA複製エラーにより、遺伝子変異が生じる
2.2. テロメアの短縮
- テロメア(telemere)は染色体(chromosome)の末端にある、特徴的な繰り返し配列をもつDNA(デオキシリボ核酸)と、様々なタンパク質からなる構造である。
- テロメアは細胞分裂によってDNA複製が行われる度に少しずつ短くなっていく(テロメアの短縮)
- テロメアが一定の長さ未満になると、細胞はアポトーシス(apotosis)するか、それ以上分裂しない細胞老化という状態になる
- テロメアの短縮は不可逆な減少ではなく、テロメラーゼ(telomerase)と呼ばれる酵素によって再び伸長することができる
- テロメラーゼ(telomerase)は生殖細胞や幹細胞、がん細胞で活性が認められる
- 培養している細胞にテロメラーゼを添加すると、多くがん細胞ができてくることがわかっているため、単純に薬剤としての使用は難しい
2.3. タンパク質の問題
- 人体の約20%はタンパク質でできている
- タンパク質は細胞自体の構成要素であると同時に、様々な化学反応を触媒する酵素を構成している
- タンパク質の多くは常に生産され続け、古くなったものは壊される(オートファジー)ことによって働きを保っている
- 加齢に伴い、オートファジーが追い付かなくなると、誤った構造のタンパク質が蓄積し、老化に伴う不調が起こる
2.4. エピジェネティクスの変化
- エピジェネティクスとは、DNA配列の変化では説明できない遺伝形質のことを指している
- DNA(デオキシリボ核酸)は化学的修飾によって遺伝子発現を調節されており、
- DNAメチル化やヒストン修飾などが例として挙げられる
- 特に、DNAメチル化は老化とともに減少していくことがわかっている
- 加齢に伴うDNAメチル化の変化は、心血管病変、がん、アルツハイマー病など様々な加齢性疾患とも関連していることが示唆されている
2.5. 老化細胞の蓄積
- 体細胞は一定の回数の分裂を終えると、分裂限界を迎えて細胞分裂を不可逆的に停止する
- この現象は細胞老化と呼ばれ、ヘイフリックによって発見された
- 細胞老化は正常細胞が必要以上に細胞分裂を繰り返してがん細胞に形質転換することを防ぐ、がん抑制機構として働いていると考えられている
- 細胞老化を起こした細胞(老化細胞)は通常、免疫細胞によって除去される
- 老化細胞は免疫細胞を誘導するために炎症性サイトカインやケモカイン、細胞外マトリクス分解酵素など炎症や発がん促進作用のある種々の物質を分泌している
- これらの物質はSenescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれている
- 加齢に伴い老化細胞の除去が追い付かなくなり、老化細胞が蓄積していくことで、SASPによって慢性炎症が発生し、発がん促進など生体によって好ましくない状況が発生していると考えられている
2.6. ミトコンドリアの機能不全
- ミトコンドリア(mitochondrion)は細胞小器官の1つで生物のエネルギー単位であるアデノシン三リン酸を合成している
- ミトコンドリアは各とは別に独自のDNA(mtDNA)を持っており、独立して増殖する
- ミトコンドリアは加齢に伴い以下のような変化が起こる
2.7. シグナル伝達の失敗
- 細胞は周囲の環境に適応するため、周囲の生化学的刺激や物理的刺激によって遺伝子発現を調節している
- 刺激の情報伝達システムは細胞のシグナル伝達と呼ばれ、刺激を媒介する様々なシグナル分子がになっている
- 加齢に伴いシグナル伝達も変化していくことがわかっている
2.8. マイクロバイオームの変化
- ヒトは膨大な数の微生物と共生している
- 細菌のかたまりはマイクロバイオームと呼ばれ、腸や皮膚、口腔内に生息している
- マイクロバイオームは主に腸内に生息しており、腸内細菌叢と呼ばれる
- 加齢や慢性疾患により、腸内細菌叢は種類が減り、慢性炎症を起こすようになる
2.9. 細胞の消耗
- DNAの損傷やエピジェネティクスの変化、オートファジーが追い付かなくなることなどにより、幹細胞の働きに影響が出る
- 造血幹細胞(hematopoietic stem cell: HSC)は血球に分化する幹細胞である
- 加齢に伴って、HSCは分化するよりも分裂することが多くなり、十分な数の血球が作られなくなる
2.10. 免疫系の故障
- 加齢に伴い、免疫系(immune system)の機能が低下する
- 免疫系は外敵を排除することで有名だが、内部で生まれてくる老化細胞やがん細胞の排除をする役割も持っている
- 加齢に伴い、自然免疫と適応免疫の両方が、感染に対する反応の調節不全を示し、その結果、抗病原性反応が最適化されず、炎症が増大する
- I型IFN分泌の減少や、老化を含む自然免疫細胞の機能的欠陥は、病原体のクリアランスを非効率的にする
- 樹状細胞(DC)の輸送やT細胞のプライミングにおける欠陥も、抗体産生や細胞性T細胞応答を含む適応免疫応答の障害を引き起こす
- 炎症性の老化免疫細胞の浸潤が増加し、組織障害を引き起こす
参考文献
- AGELESS(エイジレス):「老いない」科学の最前線
-
https://blog.cellsignal.jp/cell-process-what-role-do-the-telomeres-play-in-senescence
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Frontiers | Editorial: Dysregulated Protein Homeostasis in the Aging Organism
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https://www.cell.com/trends/cell-biology/fulltext/S0962-8924(21)00250-6
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https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_53_2_88.pdf
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https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1084952121000306
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The gut microbiome as a modulator of healthy ageing | Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology
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https://www.cell.com/cell-reports/pdf/S2211-1247(22)01292-X.pdf
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https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fragi.2022.900028/full